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さらば、アボカドの花

2009年03月01日 さらば、アボカドの花

アボカドの花が終わってしまいました。

弁証法的な姿?

左の写真が、今朝の姿です。つぼみを付け、花が咲いていたのは、写っている茎の中央下の方、輪状に茶色になっているところです。枯れた花も一部、残っています。

ドイツ観念論の大成者、ヘーゲルの『精神現象学』(1807年)では、〈つぼみは花が咲くことによって否定され、その花はまた果実がなることによって否定される〉とあるそうです。それが弁証法の、正(つぼみ)→反(花)→合(果実)へと展開する過程(止揚=アウフヘーベン)の実例とされています。

 

つぼみを否定して花が咲き、花を否定して実がなるとは、なんだか分かりにくい話ですが、我が家のアボカドは、つぼみから花は咲いたけれど、そこから結実へと進む道そのものが否定されてしまったのが、写真でも良く分かります。ただし、この場合は、すでにつぼみを付けた枝の中に葉を付ける枝が最初から見えていたので(2月1日15日と掲載した写真でその枝の成長過程が見えます)、結実しにくいと言われるアボカドの、ごく自然の展開ではあったのでしょう。

実は、ヘーゲルも、『精神現象学』で上のつぼみ・花・果実の例を挙げた直後に、〈それらの性質は流動的で、有機的、必然的に統一され、生命という全体を成り立たせている〉と述べているようです。そこまで理解すると、「弁証法」というのは、生々流転や栄枯盛衰、あるいは無常観、などに近い考え方を含むことになります。ただし、彼は、その生命の流動性を、静的な因果関係ではなく、論理的な各段階として、躍動的に把え直そうとしたのだと思います。

ということで、我が家のアボカドも、花が実を付けずに終わってしまったとネガティブに言うのではなく、これは自然な展開で、生命それ自身によりアウフヘーベンされたのであると考えることにしようと思います。

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